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sfllの日記

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2009-01-24

19:24

読書感想文

19:24

拙者、参加はできんでござるがメモ書きを残していくでござるよ。

『狂乱』 近松秋江

自分は、彼女をこそ、生命(いのち)から二番めに愛していたけれど、それとともに自分の外聞をも遠慮しなければならぬ。

現代ならば躊躇いなく匿名ダイアリーの一手が、小説としてリリース。

往時の恋はタイムスケールが1クールに収まらないところがトリッキー。5年だよ5年。だが行動力がないかと言えば既に手篭めにした上で迷っているわけで、行動原理が謎。少年漫画だったら編集に新妻エイジのアシスタント行きにされるであろう。その迷走が、あるいは小説の花であるか。廓屋に彼女の名がないだけで3度電話を掛けるシーンは涙無しには見れない。

語り部のおっさんの匿名性が刻むドタバタ感について触れておく。おそらく文学史的には私小説なんだろうな、なんだろうよ(本作について調べてはいない)的投稿は、なぜだが語り部が奇妙に匿名なことにより、読者の向きが内省方向と邪推方向にブレがち。きみは感情移入してもいいし、作者の投影と見てもいい。そんな弱腰をへし折るキャラクターを持って欲しい。堂々とidの付されるダイアリーで書いて欲しい。そんな、はてな村おこしの夢を見た。


死刑の前』 幸徳秋水

豊富なる生殖は、つねに健全なる生活から出るのである。

日本史上屈指の賢者タイムを見た。みなぎっておられる。最強死刑囚という単語がよぎりました脳を。『ヘルシング』少佐ばりの最強死刑行人との舌戦を期待したいところ。あるいは、「死んでもいい」と微笑んではいけない修学旅行09。


猿飛佐助』 織田作之助

普通に面白すぎて弄りようが思いつかねえ。

汝よく人間を超克して鳥人とならば、極醜のアバタ面も自由自在に隠し得て、もはや恥すくなからん。

待て。人間を超えてまですることじゃあない。じゃあないが、つまりそういうことなのであろう。人が人をやめ、人を人でなくするのはいつだってそうコンプレックスだって布袋のアンちゃんも言ってた。

江戸の昔より一部のろくでもない輩は、ただただエンターテインのためのエンターテイメントに腐心し、その成果がリアルであったりキャラクターであったりミーニング・オブ・ライフであったりしたものであるが、諸々勘案して結局アレだよね、文体だよね、ということをそろそろ高らかに謳いあげてもよいのかもしれない。すべからく文章というものは、何かを表現するという手段で何かを伝達する目的を果たすもであろうが、手段とか目的とか正直よく分からんであろうよ。なあ。分からんであろう?じゃあスカートめくりの何が手段で何が目的か、みんなの前で言って御覧なさい!って帰りの会で女子に名指しで問われたら、困っちゃうだろう?手段と目的なんて分けなくていいなら、分けないほうがいいのである。そして、みんなスカートを履いて、めくったりめくられたりしながら、幸せに暮らしましたとさ。.haraiso

文体の悦楽の前では、神の愚息も思わず沈黙。ということでいいですか。もうぼくスカートをめくる作業に戻っていいですか。

『描かれた花』有島武郎

何故ならば人間は幻覚によつてのみ本当に生きることが出来るのだから。

これを小説と言い張る神経が今回ぶっちぎりでファック文芸部だと思った。

降臨賞の結果にも繋がる芸術観だったりするだろうか。ユニークと感じる人の意思こそがユニーク。んーんー。考えがまとまってないので、みなさんに委ねたい。参照するリンク先は山ほどありそう。ぱっと思いつくところでは、キルケゴールとかいうヒゲのおっさんが「神は存在するかという哲学的な問いと、この問いに関する個人のかかわりは分けて考えなければならない。」とか言ってる。他にもたくさんのヒゲのおっさんがいろんなことを言ってるはずだ。ヒゲのおっさん化するポストモダン


『風琴と魚の町』 林芙美子

鱗(うろこ)まびれになった若い男達が、ヒュッ、ヒュッ、と口笛に合せて魚の骨を叩(たた)いていた。

序盤、すわ諸星大二郎クトゥルフものか、と思ったが違った。そりゃそうだ。なんたって著者が違う。

唯一途中でメモらずに、ぐいぐい読んだ。なぜだろう。記憶の中に再現する材料がないのに、その情景が懐かしい。っていう描写ってしばしばマジックリアリズム界隈(翻訳含む)で散見されるけども、ありゃなんだろうねぇ。漁港近郊育ちではあるんだが。家族で汽車の旅とか懐かしすぎる。汽車乗ったときねえですけど。西原理恵子にも感じる。なんだろうあれ。

いつだって全体性に疎外感を抱いてきた。いつだってそう誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ。と歌われて、果たして目ぇパチクリせざる者がいるだろうか。いやない。理解したいことのあまりの多さに我々は形式的理解を余儀なくされ、しかるに理解して欲しいがゆえに我々は形式的に理解されることを拒む。いわゆる「俺だけに優しい女の子をダースでくれ理論」である。言いますー。嘘じゃないもーん。今言ったんだから大局的に世にいわゆってるんですー。

んで、疎外感がなんらかの物語の展開と結びついて発展的に解消されるのが現状キャッチーでグーであるっぽいが、疎外感だけでどことはしれぬ宵闇に走り出すのって俺好きなんだなーと思った。

方丈記』 鴨長明

時間足りねえよ。

日本のbloggerはまったくもってメタ視点で万物はあったりなかったりしますねーみたいのが大好きだな!ほんとにきみらは!

jutiviwgcjutiviwgc 2011/03/03 13:21 pbJK4o <a href="http://ykvdmkygridj.com/">ykvdmkygridj</a>, [url=http://mtibcqvlakkl.com/]mtibcqvlakkl[/url], [link=http://ldckvgldygsv.com/]ldckvgldygsv[/link], http://zheqzlwmsvfi.com/

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