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sfllの日記

2009-01-10

交換日記・くらくら苦楽

05:40

吉田戦車のマンガに、「こんなのへっちゃらさ!楽ちん楽ちん!」と生意気な子供に対して、「……うげほっ!…ぜえぜえ……苦ちん、苦ちん」と強がる子供が可愛い。というものがあり、なるほど、斯くありたい。今年は、苦ちんを慈しむ時代を迎えたい。


思えば人類はこれまで楽しくなりすぎてはいなかったか。苦しみを傷つけてはいなかったか?それは問題ではない。ニューヨークに行きたいか?それが問題だ。


「苦しいのはやだから、楽しいのがいい。」

このような二元論による帰結はシンプルで力強い。しかしそれ故に、前提が正しくなければまったく無意味となる。誤りは、この二元論が苦しい/楽しいを判断できる前提に拠っていることだ。ふざけるな阿呆。人間に理性があるなんて誰が決めたんだ。すまない。強く言い過ぎた。訂正しよう。人間ちゃんに理性なんかあるんでちゅか〜?幼年期だけで苦楽を語るのは1000冊足りない。1万2000年前から出直してこい。待ってるから。ずっとずっと待ってるから。


理性とは価値判断ができることとイコールではないことを知らないのは、観測範囲が狭すぎですね。そんなあなたは、はてなブックマーク-新着ブックマークを一日分チェックする罰ゲームでーす。

理性とは何か?

もちろん、空から降ってくる女の子である。そしてまた、空から降ってくる女の子とどんな未来が待っているのか思い描く力である。


「若いうちの苦労は買ってでもしておけ。」などと言うように、価値判断は現在や過去や未来に値段をつける行為に似ている。サブスタンス・ローンに起因する、黒歴史の価値が低く現在の価値が高い現高状態は、理性のディストピアと言えるだろう。

ゆゆしき事態である。

ゆゆ子の著作を読め。

以上。